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「これを残さずして何を残すのか?」<3>
―倉方俊輔氏 検見川送信所を語る<2009年2月に収載>

レンガホール(旧・別府郵便局電話事務室、1928年)
オリジナルの良さを生かし、公共建築として活用

別府郵便局電話事務室・正面
▲別府郵便局電話事務室・正面(©倉方俊輔)

では、電話局の方から見てみましょうか。別府の優れた近代建築が取り壊されていく中で、これも古くなった電話局はもう要らないということでいったん取り壊しの話になっていました。しかし、地元の方々が「これは別府の資産だ」、「こういったものをなくしたら、過去の一番繁栄していた時代のものをなくして、これからどうやってさらに繁栄できるのか」と、立ち上がったのです。

その声が大きくなって、市の方も残すことにしたんですね。使い方は変えています。今は電話局ではなくて、「レンガホール」という名前で、託児所を備えたコミュニティーセンターになりました。建物を残すというのは、昔の用途のままに使うことばかりではないわけです。新たな使い道を探し出すことも、利用、活用の一つの大事な方法です。これは地元に密着した成功例といえます。

別府郵便局電話事務室・雨樋
▲別府郵便局電話事務室・雨樋(©倉方俊輔)

建築のデザインに注目すると、先ほどの京都中央電話局にみられたアーチのような曲線もなくなって、外観はさらに四角くシンプルです。それでも、単に窓が開いているのではなくて一度縁取りして下げて、また縁取りして下げてと、面を前後にうまく調整して、退屈な感じをなくしています。 おかげで壁に緊張感がみなぎっています。これも線がもう少し太かったら、細かったらと考えると、やはりこれほど美しくはならないでしょう。

雨樋も綺麗にデザインされています。これを見ると先ほどのきくちさんが作られたCGで思い出します。検見川送信所も樋までデザインします。樋は縦に細く伸びますから、見た目に緊張感を与えるんですね。全体が退屈になりそうなときに「しゅっ」とあると、非常に良い感じになります。その場所まできちんと考えています。こう見ていくと、樋も偶然ではなく実はデザインの手法なんだと分かります。吉田鉄郎は、こうした普通は気に留めないようなものまで含めてデザインしているのです。

別府郵便局電話事務室・庇
▲別府郵便局電話事務室・庇(©倉方俊輔)

中央入口の庇のギザギザは、あまり見かけないようなデザインですね。吉田鉄郎は、若い時は結構装飾的なことにも凝ったりしていますが、それが段々シンプルな方向に向かいます。それは単に装飾をはぎ取っていくのではなくて、アーチや複雑な彫刻と同じような効果をなるべく少ない要素で出せないかということを追求している。言ってみれば、デザインの道を究めていくんですね。同じ事をできるだけ短い手数でやっていくにはどうすればいいか、考え抜いた結果が吉田鉄郎のシンプルな造形です。だから緊張感がある。単に「設計するのが面倒くさいからこれでいいやっ」と、単純化するのとは、やはりまったく違った印象を与えます。

レンガホール内部
▲レンガホール内部(©倉方俊輔)
階段
▲階段(©倉方俊輔)

中の託児所にはキリンさんが描いてあって結構子ども向けになっているのですが、こうした上げ下げ窓は、オリジナルな物を残しています。昔の窓は下辺の位置が高いので、子どもにとっては危なくないんですね。

もちろん、当時はエアコンはありませんから、新たに入れています。どうしているかって言うと、天井を下げています。昔の建物は天井が高いので、例えば3.5mあったら50cm下げてもまだ3mあります。昔の建物だからこそ、逆に、こういった改修で新しい設備を置くということができるわけです。だから古い建物の方がいいこともあるんですね。それでいて、階段の部分などはオリジナルを残しています。

別府郵便局電話事務室・外観
▲別府郵便局電話事務室・外観(©倉方俊輔)

これは外観です。樋がやっぱりシャープで綺麗ですよね。夕方になってくると、壁の凹凸が陰影をつくり出します。このちょっとした前後関係が非常に大きな効果をもたらすということを熟知して設計を行っているわけです。

別府郵便局電話事務室・中庭から外観
▲別府郵便局電話事務室・中庭から外観(©倉方俊輔)

右は中庭から撮った写真です。一方で吉田鉄郎は塔のような造形も好むのですが、ここでは塔と言っても装飾がついた中世建築のようなものではなくて、長方形の箱のようなものです。この部分の内部は階段になっています。だから、窓がこうした階の中間の高さに出てくるんですね。 こんなところを見ると、私なんかは「すごく巧いな」と感心してしまいます。

つまり抽象絵画みたいに、四角いキャンバスに丸と四角を「ポン、ポン」と置いたような形になっていて、なかなかこういうデザインはできないと思います。普通はこの壁にゴテゴテと付けたくなるのですが、でもやっぱりこの壁に何もないからこそ、この丸や四角が引き立つ。

別府郵便局電話事務室・窪んだ窓
▲別府郵便局電話事務室・窪んだ窓(©倉方俊輔)

こちらはわざとちょっと窓を奥の方につけて、ここは彫りを深くしています。窓をギリギリに付けている。これはわざと窪んだように見せて丸と四角の効果を高めているわけです。これを設計した時に吉田鉄郎は、まだ30歳位です。非常に早熟ですね。

建築のデザインは難しいもので、若いうちにそんな巧いのは出来ないといっていいでしょう。大家と言われる建築家でも30歳位の時の見るとやはり及ばない。でも、吉田鉄郎はうまいんですね。デザインの才だろうと思います。

そんな抽象的な構成の一方で、さらに近づて見ると樋の素材感や壁の質感が現れて、遠目とは違う味わいが出てきます。

別府市公会堂(1928年)
シンプルで威厳ある別府市のシンボル

別府市公会堂・正面
▲別府市公会堂・正面(©倉方俊輔)

もうひとつの別府市公会堂です。こちらは今は割とくたびれた外観になっていて、もう少しキレイにした方が良いのではと思うんですが、現役のホールとして使われているのは嬉しいことです。

劇場なので威厳を持たせようとしている。ただそうは言っても装飾などは少ないですね。正面のアーチの形を割と深くして堂々とした感じを出して、控えめに塔がついています。かなりシンプルなのですが、平面のプロポーションや立体が組み合わさった感じが威厳を高めています。

吉田鉄郎は、装飾ではなくて全体の線と面と立体の構成によって、人々に立派な印象を与えたり、親しみ易さの印象を与えようとします。そうやって抽象的な形を操作することで建築の色々な表情を出そうとすることに力を注ぎました。本当は装飾の出来る人が、敢えてそういう方向を追求したのですね。当時の逓信省の中でも、吉田鉄郎はそういった美学を追及した。日本の中でも最先端を走っていたということです。

別府市公会堂・階段別府市公会堂・水飲み場
▲別府市公会堂・階段と水飲み場(©倉方俊輔)

内部を見ていきましょう。階段の手摺にはこんな造作もあって、手を抜いていないですね。水飲み場もあり、ここはタイルも使ったりして、ちょっとイスラム的な感じです。

別府市公会堂・裏側
▲別府市公会堂・裏側(©倉方俊輔)

これは裏から眺めた外観です。少し工場のような趣がありますね。微妙に壁面を下げて、アーチが繋がったようなかたちで下まで落としています。普通はアーチはアーチとして独立させますから、実はおかしなことをやっていますね。吉田鉄郎は「デザインの求道者」だと言えるでしょう。今までの定石を打ち破っているんだけれども、それが自然なので大胆な風には見えない。そういう性格がどの建物を見てもあります。

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