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フォト館検見川送信所に関するさまざまな写真を展示してあります。 内部公開された検見川送信所<2009年10月30日>2009年10月30日、千葉市長・熊谷俊人氏が歴代市長の中で初めて閉局後の検見川送信所を視察しました。その際に内部公開された様子です。 検見川送信所で使われた碍子(がいし)NTT建築OBの方から提供されました。製作したのは高級陶磁器メーカーの『香蘭社』。送信所のOBによると、この碍子は室内でコンデンサー等を支持するために使われたものと推測できるそうです。
絵画の中の検見川送信所国鉄(現・JR)新検見川駅から見た検見川送信所。絵の下の方から続く小道を通って、職員のみなさんは通勤されていたそうです。蜘蛛の巣状に張り巡らされたアンテナと白亜の局舎を見ることができます。今はなき第2期工事で増設された建物もあります(写真をクリックすると、拡大版が表示されます)。
昭和5年の京成電鉄観光案内に見る検見川送信所昭和5年というと、日本で初めての国際放送の電波がこの検見川送信所から発信された年。検見川駅前に描かれている送信所はそれよりも以前の姿と推察されますが、既にアンテナが張り巡らされ、検見川のランドマークになっていた様子がうかがえます(写真をクリックすると、拡大版が表示されます)。
検見川送信所写真集「検見川送信所2007-2008」
校歌にも歌われている検見川送信所JR新検見川駅に近い千葉市立花園中学校の脇に、千葉県立千葉工業高校校歌の歌碑があります。
昭和初期のハガキ・検見川送信所が風景印に
検見川送信所CGのポストカードきくちじゅん氏制作の検見川送信所CGを素材にポストカードを作成しました。さる2008年2月23日開催の「送信所ナイト」でカンパをいただいた参加者に配布しました。
竣工当時の検見川送信所をCGで再現「分離派建築博物館」主宰・きくちじゅん氏がコンピュータ・グラフィック(CG)で竣工当時の検見川送信所を再現されました。このホームページのヘッダー画像にも使わせていただいてます。このCG制作についての詳細は「分離派建築博物館」をご覧ください。
雪化粧の検見川送信所(2008年2月)雪をかぶった検見川送信所の姿をとらえました。
河童画人の画が日本酒のラベルに河童画人・牛玖ひろし氏は、千葉県・成田の造り酒屋「鍋店(株)」(なべだな)の商品ラベルをデザインされています。それがご縁で、検見川送信所で河童がお月見している画などをラベルにしていただきました(このラベルの商品は非売品です)。
検見川送信所で河童がお月見2007年10月27日開催の第1回イベント『ほぼ満月 ただのお月見@検見川送信所』に向けて河童画人・牛玖ひろし氏にイメージ画を描いていただきました。満月の夜、検見川送信所をバックに饗宴を繰り広げている河童の姿が描かれています。
千葉県検見川町鳥瞰図に見る検見川送信所松井天山という人物が鳥の視点から町を描いた昭和5年1月の古地図。ここにも検見川送信所がしっかりと描かれています。
記念碑に掲げられていた銘板(2007年・夏)銘板自体が引きはがされ、地面に立てかけられてありました。そして数か月後、残念ながらこの銘板は行方不明になってしまいました。
ヒマワリの遠景に検見川送信所(2007年・夏)
検見川送信所エントランス(2007年・夏)
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