小説『検見川無線のプロジェクトX』-無線技術黎明期のサクセス・ストーリー ┃検見川送信所を知る会

ニュース<2009年>

小説『検見川無線のプロジェクトX』
-無線技術黎明期のサクセス・ストーリー

小説『検見川無線のプロジェクトX』

「検見川送信所を知る会」では、検見川送信所の開局から日の浅い1930年(昭和5年)10月、初代所長であった菊谷秀雄氏及び送信所職員をはじめ、送信所に関係する多くの人たちが力を合わせ、わずか2週間あまりで日本初の国際放送を送受信することに成功したサクセス・ストーリーを『検見川無線のプロジェクトX』として冊子化しました。

同年、列強に伍して近代化と軍事力を増強させた日本に危機感を抱いた欧米は、高性能の艦艇を製造する能力がある日本を牽制するため、英国・ロンドンで「海軍軍縮会議」を開催し、参加各国の主張を採り入れつつも全体的に軍縮を進める『ロンドン海軍軍縮条約』を批准することとなりました。

条約の批准に先立ち、米国のフーバー大統領・英国のマクドナルド首相とともに日本の浜口雄幸首相の3者がラジオを使っての交歓放送を行うこととなり、浜口首相の声を送る日本からの電波送信を検見川送信所が受け持ちました。

当時の日本の無線技術では「はるか太平洋を越えて米国まで電波を届かせることは不可能」と言われていましたが、菊谷所長以下、関係者の昼夜兼行の努力が実り、いよいよ本番の10月27日には、米英の関係者が驚嘆するほどのクリアな音声を彼の地へ届けることができました。

『検見川無線のプロジェクトX』は、菊谷氏の随想録(「検見川無線の思い出」)を土台に、当時の史実を織り交ぜつつ編纂しています。

1930年の交歓放送の成功は後の無線技術の大きな進展につながっており、今や国民のほぼ1人に1台を持つまでに普及した携帯電話のテクノロジーにも活かされています。今に息づく先進技術の黎明期に、どんな人たちがどんな努力を重ねてきたか。その片鱗をどうぞ感じてみてください。

※小説『検見川無線のプロジェクトX』は、2010年2月1日現在、絶版となっています。ご了承ください。

 

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